これは、私がちょっとした病気で1カ月ほど入院してた時の話です。

当然のことながら、命にかかわる病でもない私は、個室ではなく大部屋で1カ月を過ごすことになり、自然と同じ病室の人と仲良くなりました。


特に、隣のベッドの69歳の老人とよく話をしました。仮に、老人の名前をAさんとします。ある日、着替えているAさんの体に傷があることに気が付きました。

「その傷はどうしたんですか?」
「ああ、これはね…」
Aさんは話し始めました。

――48年前、Aさんがまだ大学生だった頃。Aさんともう一人の男で一人の女を取り合い、結局、Aさんのほうに軍配が上がった。

だがある日、女が不慮の事故で死んだ。当時はまだ携帯電話もない時代。女はAさんの名を呟きつつ、無念のまま息を引き取った。それを恨みに思った男は、Aさんを刺した――

「それじゃあ、その時の傷なんですか?」
「まだこの話には続きがあるんだ」

男はAさんを刺して、恨めしげにこう言い放ったらしい。

「急所は外しておいた。俺はこの後逮捕されるだろう。だが、俺は出所したらまたお前を死なない程度に殺しに行く。そして逮捕される。でもまた出所したらお前を殺しに行く。ずっとだ」

予想通り、男は次の日に逮捕されました。殺人未遂だが初犯ということもあり、執行猶予で服役はなし。

そして釈放された男は、またすぐにAさんを刺しました。当然、執行猶予中の犯行ということで今度は実刑です。

私が絶句していると、Aさんは話を続けます。

「それから8年が過ぎて、すっかり男のことは忘れていた。でも、ある日、肌寒くなってきた頃だった。出所した男がまた現れ、私を階段から突き飛ばしたんだ。さすがに3回の殺人未遂ともなれば、男は懲役16年の実刑判決を食らった」

そして14年後。模範囚として出所した男は刃物を購入し、その日のうちにAさんを刺しました。傷はその時のものだといいます。

「恐ろしい男もいるもんですね、もしかしてそれで入院を?」
「いやいや、今回はつまらん胃潰瘍だよ」

Aさんは豪快に笑いました。

「それで、男はどうなったんですか?」
「懲役26年を食らったよ。無期懲役にしてほしかったけど。さすがに4回目ということで、模範囚として刑期の短縮はないだろうと検事さんも言ってたけどね」

「そうですか。それなら今後はもう大丈夫ですね」
「そう願いたいね」

さっきの豪快な笑いとは打って変わって小さな笑い。そのとき、看護師がAさんを呼んだので、話はそこで終ってしまいました。

残念なことに、私は話を聞いた日に退院だったのでそれ以上のことは知りませんが、風の噂ではAさんはその後、病院の階段から滑り落ちて打ちどころが悪くて亡くなったそうです。

警察も事故と判断し、事件性はなかったそうですが、もしかしたら…?