まず断っておきますが、この話は実話です。

もう10年前に遡りますが、俺はダイビングを始めました。同じ時期にダイビングを始めたO夫妻と知り合い、その縁で仲間も増え、楽しくダイビングライフを堪能していました。

楽しい日々の中、A夫妻という結構お金持ちの御夫婦と知り合い、瀬戸内海で一緒にボートダイビングをする事になりました。A夫人は、俺よりも10歳以上年上でしたが、小さくて上品なご婦人。
御主人は「ダイビングをしたい」という夫人の為に船舶免許を取り、ダイビング用のボートまで買ってしまったという愛妻家でした。

新品の小型クルーザーで、毎週のように週末は潜っていたのですが、俺が仕事の都合上、どうしても参加出来ない日が有ったのです。その日は瀬戸内海でも一番大きな島に行き、ダイビングを楽しもうという予定でした。
とても行きたかったのですが、どうしても休めません。仕方なく、俺はO夫妻に「次に行く時の為に、しっかりロケーションしておいてよ~!」と言付けて仕事に行きました。

そして、その夜の事です。ダイビングに行けなかったのが非常に残念だった俺は、嫁と呑みながら軽く愚痴っていました。
そこに俺の携帯電話が鳴りました。てっきり、O夫妻が今日の自慢話をしようと掛けてきたと思い、電話に出ると…

俺の耳に届いたのはOの悲鳴に近い叫びでした。「A夫人が溺れて行方不明や!」

突然の事に吃驚しましたが、とりあえずOを落ち着かせて話を聞きました。

Oの話によると、午前中は皆で潜り、昼食を摂ったそうです。午後からは流れの速い方に行ってみようと話していたそうですが、潜る直前にA夫人が、「私は少し疲れたから、岩場でのんびり潜るわ。皆で楽しんできて」と言い出しました。
Oは1人じゃ危ないから一緒に潜ると言ったのですが、A夫人は断り、御主人も同調するので、仕方なく、A婦人を残して4人で潜ったそうです。

約50分後、4人が上がって来た時、船上にはA主人1人だったそうです。潜っているという辺りの水面には泡が見えなかったので気になりましたが、御主人が見ていたんだから大丈夫だろうと、Oたちは機材を片づけ、ビールを飲み始めたそうです。

そしてOが気付きました。「俺達が潜ってから、もう1時間30分は経ってるよな?」

OはA主人に聞きました。「奥さん、俺達の後どれくらいして潜りに行きました?」「すぐだったよ、5分位じゃないかな?」「消費を抑えているとしても、時間が経ち過ぎてますよ。見に行きます」

エアタンクは使い切ってしまっていたので、シュノーケリングの準備をして、もう1人の男性とA夫人が潜っていたであろう場所を探しました。しかし、何処にもいません…。

二人は岩場沿いを何度も探したそうです。夕日が傾くまで必至に探しましたがA夫人を見つける事が出来ず、警察と海上保安庁に連絡をし説明した後、俺に電話をしてきたらしいです。

次の日、俺は会社の上司に事情を話し、休暇を貰ってA夫人捜索に加わりました。泣き叫び『早く娘を探して~!』と懇願するA夫人の母親を見て胸が詰まりました。


不可思議な事が起きたのはその日でした。捜索に加わった友人全てが右足に怪我をするのです。

程度は色々なのですが、積み上げたタンクに挟まれて捻挫する奴。デッキで滑って金具で足を切る奴。飛び込む時にフィン(足ヒレ)の留め具を、船の縁に引っかけてしまい足を折る奴…。

A夫人と仲の良かった友人全てが、なにかしら右足に怪我をしてしまいました。しかし、気にしてもいられません。俺も船に乗り込む時に足を挟まれて軽い捻挫をしていましたが、「早く探してあげたい」という気持ちから、必死で潜りました。他の奴等も同じ気持ちだったでしょう。

何日も探し回りましたが、結局A夫人は見つからないままでした…。俺は嫁の反対もあり、ダイビングを辞める事にしました。仲の良かった友人を、大好きな海で失ったのですから、気持ちもすっかり萎えてしまいました。

今でもあの時の仲間が集まれば、「何故、皆右足を怪我したのか?」という議論になります。「A夫人が溺れた時に右足を怪我した」という奴もいれば、「危険だから来るなというメッセージだろう」と言う奴もいますが、未だに謎です。

ここまでは、単に事故とちょっとした不思議な話です。でも、俺が本当に怖いと思ったのは、ここから先の話なのです…。

A夫人が行方不明になってから1ヶ月後、O夫妻は離婚しました。原因はO夫人の浮気。離婚後、O夫人が走ったのはA主人の元でした。なんと、2人はA夫人が行方不明になる以前からデキていたそうです。

聞いたところによると、A主人は事業が立ち行かず、かなりの負債を抱えていました。そして半年後A主人とO夫人は倒産寸前の会社を捨て、有るだけの金を持ち、とある海外の有名ダイビングリゾートへと逃げました。そして今、そこでダイビングショップを開き、悠々自適に暮らしています。

勿論、A夫人の保険金(当然億単位)も、行方不明から何年か後にA主人に支払われました。情けない事に、会社の負債は息子と親族に押しつけ、自分は逃亡してしまったのです…

生きている人間のエゴの方が、幽霊よりも俺は怖ろしいと感じました。それに、誰も見ていない海の上でA夫妻に何が有っても、目撃者は居なかったのです。「保険金殺人」…という言葉も頭に浮かびましたが、証拠も何もありません。関係者は皆生きていますので、少しフェイクを交えていることはご理解ください。

ただ、実話なことは本当です。