私が仕事にぼちぼち慣れはじめてきた頃に入社してきた私の後輩A子。恰幅がよく穏やかな彼女は、代々続いているある老舗のご令嬢との話でした。

・毎食犬に出前のウナギを食べさせている。
・父の誕生日には毎年東京のホテルで芸能人をたくさん呼んでパーティー。
・タレントの島○紳○は父にぺこぺこしている。
・難関国家資格を持っている。
・顧客にタイの王女様がいる。
・毎年正月には着物を新調している。

などなど、様々な武勇伝(?)の持ち主でした。仕事にとても真面目なA子は妥協を許さず、仕事とは、人とはを力説することもしばしば。持ち物もご令嬢らしくブランド物がちらほらしていたのですが、今思えば古いものも多く、品数も限られていて、若干の不思議感も漂わせていました。

また、有名人のサインを持ってくると言っては「タイミングが合わなかった」、「ケーキ屋に知り合いがいるから分けてもらってきます」と言ってはうやむやに。私が騙され易いのもあるかもしれませんが、違和感に気付いたのは、友人にその後輩のことを話したところ、嘘だろうと言われたことがきっかけでした。

「毎食ウナギなんか食べさせたら犬が死ぬ」だそうです。確かに。しかし、その友人の話を聞いていても、嘘とは思えず、その時点でもまだ少しは信じていました。

ある日、仕事中にA子がみんなのいる前でぼろぼろ泣き始めました。「なんでもないんです」と言いながらトイレに…。そうは言っても、放ってはおけないので、追跡。

すると、A子から、別の後輩Bさん(A子にとっては先輩)について「Bさんに酷い扱いを受けている、助けて」と泣きながら相談されました、確かにBさんはきついところがある…と思っていた私はBさんを注意。

その場は一件落着したのですが、後日A子が折り入って相談があるとのこと。聞けば私に注意されたBさんが、「何であの人にそこまで言われ無ければならないんだ!」と口汚く罵っていた、ということでした。

正直、私は頭に超血が上りました。

確かにBさんは私とそりが合わなかったけど、それなりに会話はしていました。しかし、後輩に対する接し方を注意したことをそこまで言うなんて。A子が私を思いやってくれたことと、元々Bさんとうまくいっていなかった私は、彼女の弁を信じ、Bさんに抗議しようとしました。
するとA子は「私が告げ口したと言われたら会社に来られない。やめてください!」と必死に私を止めました。

それから数日後、私の財布が無くなる事態が起きます。午前中買い物をして、鞄に仕舞って、終業時に確認したらなくなっていたんです。状況から言って、職場で無くなったとしか考えられないものでした。


A子に相談すると、「Bさんが鞄の近くでごそごそしていた」と言っていました。確かに、鞄のあるスペースはトイレに近く、Bさんはその時トイレに行っており、A子は近くでそれを待っていたとか。目撃に近い証言を受けて、浅慮でしたが、私は「Bさんが盗ったのかな…」と言うと、A子は爆笑していました。

半泣きになりながらキャッシュカードを止める手続きして、免許証も交番に申請。仕事でも悪いことが続いていて、精神的に崖っぷちでした。
実はその日は、近く迫っていた母の日のプレゼントを買おうとしてたんです。色々迷惑をかけた私は、5万円近くを準備。

母は宝石類が好きなのに、自分よりは子供達のために使う人でした。そんな母の気持ちに報いたいと考えていたんです。
父の死因を巡って誤解に誤解を重ねていた母と私が、親戚の伯父のテコ入れで誤解が解けて嬉しくて、ちょっと大きいお金を下ろしたこともA子に話していました。
大きな買い物にビビる私が持ってたブランド物の財布も、亡くなった父が成人祝いを兼ねて20歳の誕生日に買ってくれた物でした。アラサーになるまでじっくりことこと使い続けた財布だったんです。ものすごく落ち込みました。

その後、A子が「キャッシュカードは止めましたか?」などと気をもんでくれて、私はすぐ止めたよと、お礼も言いました。

日が流れて、A子が職場に溶け込んできたころ。ちょっと彼女の様子が変わってきたんです。穏やかだった口調は、許容できないほどきついものになり、「あはは…」だった笑い方は「ひゃーっひゃっひゃっひゃ!!!」になっていました。

また、A子はお嬢様にしてはとても口が悪く、お客さまのことを「あのおばはん」などと言いう始末。商品を気に入って通って下さるお客様への言い草は許せないものでした。まして「私の父に言いつければそいつの家が更地になる」などと冗談でも酷い物言いのA子に耐えきれなくなっていました。

その頃からどうでもよくなり始めた私は、だんだんとA子を遠ざけました。するとA子が先輩Cさんに、「私は何も悪いことをしていないのに、私さんがA子を無視する!」と泣きつきました。皆の前で公開プレイ。立ちすくむ私。
それを主任が見つけ、私と主任とA子でのエンドレス話合いになりました。

その話し合いでA子がボロを出し、なんと私にはBさんの悪口、Bさんには私の悪口を言い、お互いを喧嘩させていたことが分かりました。こうなるとBさんが態度を悪くするのも当然です。正直、20代も後半にさしかかった時点で油断してました。人を見る目も付いてきたと思っていましたから。

正体がばれた後も、矛盾点を指摘されると、今度は逆ギレ。噛みつきそうな恐ろしい表情のA子が怖いです…。その件でA子への疑惑が決定的になり、インターネットでA子の名前を検索してみたところ、新聞記事が出てきました。住所、名前、年齢も同じで、A子が転職した時期も一緒。確信は無いながらに私の財布も…と考えてしまうような内容でした。

うちの会社はかなりいい加減で、採用審査なんか無かったでしょう。事実、仕事を覚えることが困難な方も面接に通ってきましたから。

諸々のことが限界に達し、私は経緯を先輩Dさんに相談しました。何も気にせず仕事のみするように、との助言でしたので、もうA子は放っておいて、仕事に専念しました。

すると孤立するようになったA子がブチ切れました。
「私さんが、A子に前科があると先輩Dに言ったのをこの耳で聞いた!」
「住所も氏名も年齢も同じの別人なのに!」
すごい号泣だったそうです。

新聞記事なんて警察発表なのでしょう。町内まで同じの年齢も住所も同じの人がいれば、発表の時に考えると思います。何よりも、A子はかなり珍しい、日本で一人なのではないかという名前。アラサーの私も初めて見た名前です。読み方も分からなかったし。

それに、私は前科のことはD先輩には言っていません。どこで聞いたんでしょう。面倒を嫌う主任は、とにかく私に謝るように言いました。A子は、職場のみんなのことを言いつけたにも関わらず被害者のような面持ちでみんなに接し、「私ではない」「法的な手段も考えている」と言っていました。真剣な顔をしながら、涙ぐみながら。その場だけみると信じてしまいそうでした。

結局そのことがA子の命取りになりました。A子が何人もの後輩をかなり悪質にいびっていたことや、仮病、仕事上での不正などが発覚し、それを理由にクビになりました。